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三国志~ぽたる伝~第七回
2006年02月20日 (月) | 編集 |
ぽたる様の活躍により馬騰軍は滅び、IK軍の領土は華南を中心に中華を東西に分断するほど巨大に。

曹操軍は劉備軍を遼東半島に押し込み、華北制圧も時間の問題といったところ。

呉イ軍の打倒を命ぜられたぽたる様ですが、果たしてどの様な動きを見せるのでしょうか。

以下、つづく。

21年目
呉イ軍打倒を任されながらも、ぽたる様は五斗米道の勢力下である長安の奪還に乗り出します。

214年4月 街亭の戦い
8万の軍を率い長安へと進軍。
守る敵軍は14万、街亭の地で待ち受けています。
IK軍は、馬騰軍の降将・馬超、ホウ徳、徐晃らを中心とした騎馬隊で敵軍の包囲を狙います。
20060220020734.jpg

そして実際の街亭の戦いのように、敵軍の包囲に成功。
加えて敵は部隊を率いている者の多くが文官の為、Dudが大喝すれば面白いように恐慌状態に陥ります。
そこを騎馬隊の突撃により次々と撃破し、長安を制圧します。

武功 第一:Dud 第二:黄忠 第三:ホウ徳

長安を制圧したぽたる様は、皇帝から参内を求められます。
20060220022344.jpg

褒美として金2000を下賜されました。

214年10月 弘農の戦い
五斗米道を滅ぼすため、ぽたる様は65000を率い弘濃へ攻め込みます。
迎え撃つ五斗米道の兵力は12万。

先ほどと同様に騎馬隊が敵軍の中へと突撃し、Dudが叫びまわります。
ヽ(・∀・ )ノ===3これにより、恐慌に陥る部隊をそれを鎮める部隊とで敵の半数が無力化します。
途中、敵の奇襲をうけたホウ徳隊が壊走するも、それ以外は目立った被害もなく弘濃を無事占領します。
これにより五斗米道は滅びました。

武功 第一:徐晃 第二:甘寧 第三:霜月
叫んでばかりのDudさんの名前はなかったとです。

22年目
ぽたる様、巡察をしていると民から恐ろしいアイテムを献上されます。
それは「太平妖術の書」という、黄布の乱の首謀者である太平道・張角が持っていたとされる妖術書。
これによりぽたる様は、幻術を習得するに至ります。

215年10月 剣閣の戦い
似非仙人ぽたる様率いる10万は打倒呉イ軍を掲げ、剣閣へと進軍します。
これに対し、敵軍は総大将・張任を筆頭に14万で守りを固めます。

戦闘が開始されてから9日目、朝から厚い雲が空を覆います。
ぽたる様は、奇怪な衣装に身を包み妖しげな呪文を唱えます。
20060220035255.jpg

このまやかしに迷信深い敵軍は動揺、数千人の兵士が恐怖に駆られ脱走し、士気も大幅に減少。
もはや勝負は決まったと言って良く、あとは混乱している部隊を刈り取るのみ。
見事、ぽたる様は呉イ領・フを占拠しました。

武功 第一:徐晃 第二:Dud 第三:大佐

ぽたる様がフを占拠した頃、時を同じくして芋が永安より呉イ領・巴へと出陣。
援軍の要請を受けたぽたる様は5万の兵を率いて駆けつけます。

IK軍13万、呉イ軍15万の戦いの開始です。
敵の総大将は諸葛孔明。その罠により味方部隊の多くが嵌り、混乱してしまいます。
さらに、味方の武将が敵に寝返り背後からも襲われてしまいます。
20060220042903.jpg

高ハイに続き、袁キも敵軍に寝返ってしまいます。
20060220043148.jpg

その時の戦場の様子。赤がIK軍78000、青が呉イ軍138000。
20060220043500.jpg

相次ぐ寝返りと、罠により前線では敵の攻勢に耐えられず、味方が次々と敗走。
総大将の芋も張任の追撃をうけ捕まってしまいます。
一方、ぽたる様が率いる城襲撃部隊3万も孔明の伏兵により敗走。
逃げるぽたる様も、法正の部隊に見つかり捕まります。
こうしてIK軍は大敗、ぽたる様は呉イの元へと移送されました。

敵の君主・呉イはぽたる様の能力を評価している様子。
20060220045020.jpg

しかし、ぽたる様は誘いには応じずそれを断ります。
呉イもその義心を汲んで釈放してくれました。

23年目
大陸の半分を支配下に治め、戦火を減らした功績によりマスタ・ルナが皇帝より韓王の位を授かります。
20060220045603.jpg


先の戦いで勝利した呉イ軍が、ぽたる様の治めるフの奪還に軍を動かします。
敵軍は諸葛亮率いる14万。
守るはぽたる様率いる10万です。

ぽたる様は火計で森を焼き払い、風を変え敵の方へと炎を流します。
そして、敵が炎に包まれたところで幻術を駆使し敵軍を敗走させます。
ぽたる様が総司令官の時は正直、反則の強さでs

この戦で敵を大敗させたIK軍は、軍師・ホウ統の助言により呉イ領・巴へ進軍。
援軍の芋と共に戦い、見事に巴を占領します。

216年7月 綿竹関の戦い
軍師・ホウ統の助言の元、ぽたる様は呉イ領・成都へと進軍。
敵は成都への最後の要所・綿竹関に籠城し、IK軍を迎え撃ちます。
その兵力は、IK軍15万、呉イ軍10万。

衝車などを使い、綿竹関の城門を打ち破りにかかります。
20060220054500.jpg

しかし敵の戦力も多いため、城壁からは矢の雨が降り注ぎます。
しかし、ぽたる様を筆頭に軍師・ホウ統などの虚報により守備兵の士気は上がらず脱走兵は増えていきます。
そして、城攻め25日目にしてついに綿竹関は落城。
IK軍は成都へと雪崩れ込み、これを占拠。

武功 第一:ぽたる様 第二:徐晃 第三:霜月

24年目
ついにぽたる様は、呉イ軍を滅亡させるべく呉イ軍最後の領地へと軍を出します。
その数、呉イ軍4万に対してIK軍10万。

217年1月 永昌の戦い
山を越え、城門前の敵へと攻めかかりますが窮鼠猫を噛む・・・
北から攻め入った味方は敵軍の激しい抵抗にあい、高翔・冷ホウ部隊が敗走するなどします。
しかし、手薄だった南から攻め入った援軍のぽたる様は敵総大将を撃破。
続く大佐、ホウ統の部隊も奮闘し敵はついに降伏。
呉イ軍は滅亡し、大陸の半分がIK軍の領土に。

現在の勢力図。
20060220063301.jpg

現在のぽたる様。
20060220063413.jpg

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2006/02/20 06:34 | 三国志 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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